弁才天?弁財天? ―仏さまの名前のはなし―

1月18日の初観音が過ぎ、お正月ムードも落ち着いてきましたが、観音ミュージアムでは2月11日まで新春特集展を開催中です。今回の主役は弁天さま。福を招くおめでたい神さまです。

 

先日、お客さまから、「『弁天』と『弁才天』はちがうのですか?」「『弁才天』と書いてあるけど、『弁財天』が正しいのでは・・・?」というご質問を頂きました。同様の疑問を持たれる方も多いと思いますので、今回は仏さまの名前についてお話をさせていただきます。

 

仏さまにはいろいろな名前があります。たとえば観音さまには、「観世音」「光世音」「観自在」などいくつかの呼び方がありますが、どれも同じ「観音さま」を指すことばです。なぜ、たくさんの呼び名があるのでしょう。

《十一面観音菩薩立像》(長谷寺本尊)

 

仏教はインドに始まる教えですから、多くの仏さまはサンスクリット語やパーリ語など古代インドの言葉に由来する名前を持っています。仏教が中国に伝わると、仏典の漢訳(インドのお経を中国語に翻訳すること)がさかんになりました。このとき、仏さまの名前を意訳する(意味が共通する漢字におきかえる)ケースと、音訳する(似た音の漢字をあてる)ケースとがありました。たとえばインドでアミターバ(Amitahba)とよばれていた仏さまは、意訳では「無量寿仏」「無量光仏」となり、音訳ではおなじみの「阿弥陀仏」となりました。

 

さらに、ある一つの経典に登場する一人の仏さまが、翻訳された時代のちがいや、翻訳者ごとの教義の解釈のちがいによって、異なる名前を持つようになった例もあります。『西遊記』の三蔵法師のモデルとしても知られる唐僧・玄奘(げんじょう、602-664)は、『般若心経』の訳出にあたって、それ以前の翻訳で用いられていた「観世音」の名を改めて「観自在」という訳語を提唱していますが、これは意訳の際に従来の解釈を刷新したことによるものです。

 

前おきが長くなりましたが、弁天・弁才天・弁財天も基本的には全て同じ神さまです。弁天さまはもともと川を神格化したサラスヴァティ(Sarasvati)とよばれるインドの女神で、川の流れる音にちなんで「妙音天」、またよどみなく流れる水のように弁舌がさわやかであるとの連想から「弁才天」「大弁功徳天」などと意訳されました。

弁天さまの功徳は『金光明最勝王経』に説かれており、日本では奈良時代に護法・護国の神(仏の教えを守護し、あわせて仏教の力で国家を盛り立てる神)として受け入れられました。その後、琵琶(びわ、楽器)を持つ妙音天が描かれた曼陀羅(まんだら)が、密教とともに日本に伝わったことや、日本神話における食物や衣服の神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ、宇賀神=うがじん)と弁才天が習合したことで、音楽・芸能・財福などオールマイティなご利益を帯びていったようです。宇賀神と習合した弁才天は、財福の神であることから「弁財天」と表記されるようになり、江戸時代ごろにはこの書き方が広く定着したようです。

《弁才天十五童子図》(部分)

 

 

長谷寺の弁天さまは、江戸時代の『鎌倉長谷観世音略縁起』という記録に、大黒天のお像とともに弘法大師の御作として記述されています。

 

一 出世大黒天 御長三尺五寸 弘法大師之作

一 出世弁財天 御長一尺五寸 同 岩屋之内安置ス

右両尊は弘法大師当山参籠の時、衆生出世立身の願ひを成就せしめん事を祈願して彫像し奉る霊像也、(後略)

 

※翻刻は『鎌倉市史 近世史料編第二』(1987,鎌倉市)pp.64に依りました。

《弁才天坐像》(「出世弁財天」)

 

岩屋はいまでも境内にある弁天窟のこと。弘法大師が実際に長谷寺を訪れたかどうかはわかりませんが、江戸時代にはすでに長谷寺に洞窟があり、信仰の場として機能していたことがわかります。また「弁財天」の表記が用いられていることや、「出世」の語が本来の仏教的な意味(俗世の生活を捨てて出家すること。出世間)ではなく、より世俗的な「立身出世」の意に用いられていることから、近世における仏教の大衆化が長谷寺にも及んでいたことがうかがえます。

 

こんにちではライフスタイルが多様化しているため、何をもって「出世」と見なすかは、個々の価値観によって大きく異なってきているように思われます。年頭にあたり、それぞれの願いを胸に弁天さまに会いに来られてはいかがでしょうか。

 

【おしらせ】

展示室内で配布しておりましたイラスト入りリーフレット「弁天さまのひみつ」は、ご好評のため欠品となっております。ご入用の方は、下記リンクよりpdfデータをダウンロードしてお使いください。プリントアウトして「ぬり絵」としてもお楽しみ頂けます。

 

弁天さまのひみつ

※両面印刷推奨。1枚目(p4,p1)は山折り、2枚目(p2,p3)は谷折りにてご使用ください。

 

ご不便をおかけしますが、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。

 

(学芸員KM)