春の訪れ、灌仏会。甘茶の味は?

早いもので今年も春の訪れを感じる季節となってきました。
満開の桜が待ち遠しいですね。
さて、4月といえば、灌仏会(かんぶつえ)。
この灌仏会は、お釈迦さまの誕生を祝う仏教行事で毎年4月8日に行われ、“花祭り”“仏生会”“竜華会”とも呼ばれます。

ちなみに、わたしたちがお釈迦様と呼んでいるのは、ゴータマ・シッダールタという実在の人物のことで、「釈迦」というのは王族である「釈迦族」の名称です。
その釈迦族の王子であるお釈迦さま(釈尊)は、古代インド(ヒマラヤ山麓)のルンビニーという花園で摩耶夫人の右わきから誕生しました。
経典には、生まれるとすぐに7歩あるき、右手で天を、左手で地を指差して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」と唱えたといいます。この時、お釈迦様の誕生を祝福するために空から九竜があらわれ、その身に香水をそそぎ清めたと記されています。

この生まれてすぐのお釈迦さまの姿をあらわしたのが「誕生仏」。
灌仏会の本尊となるものです。
当山の灌仏会ではこちらの仏さまが登場します。

花祭り 釈迦

ちいさくてかわいらしいお像ですね。
それではまず、かたちを見てみましょう。
右手を挙げて人差し指で天を、左手は体に沿って下げて人差し指で地を指します。
生まれたばかりなので上半身は裸、腰下には裳(も)を着け、ふっくら、むっちりの幼児体型。頭髪部はやや低めの肉髻(にっけい)で、うずまき状の渦状紋(かじょうもん)をあらわし、灌仏盤(かんぶつばん)という桶の中央に置かれています。

一般的な誕生仏はこのような姿をしていますが、手の挙げ具合や裳の着け方、頭髪のつくりに微妙な違いがみられ、時代や地域によっても特徴が示されます。素材は銅で造るのが普通ですが、木彫のものも知られています。

ところで、当山にはこんな誕生仏が所蔵されています。

誕生仏拡大

こちらは昨年の「カワイイKawaiiほとけさま」展に出品され、人気投票で145票を獲得し、堂々の第2位に輝いたお像です。
一番の特徴は、肉髻のない円頂であること。また、腕が異様に長く、顔のパーツは簡略化され、スラッとした体つきです。
このお像、幼児感が全くありませんね。
素朴で少々雑な造りではありますが、灌仏盤も付属していることから、かつては灌仏会の本尊であったのかもしれません。
近世になり灌仏会が庶民の間に浸透したことにより、民衆的で素朴、そして経典の枠を超えた自由な姿のお像が造られたのでしょう。

では、どうやってお釈迦さまの誕生日を祝うの?と疑問に思われる方もいらっしゃるはずです。
誕生日ケーキにロウソクを立てて、仲間とハッピーバースデーを歌う・・・
いえいえ、釈迦の誕生会はもっと特別。

灌仏会は“花祭り”とも呼ばれるように、たくさんの花で飾られた花御堂(はなみどう)が設けられます。
これはお釈迦さまが誕生した花園ルンビニーを再現しているといわれます。そこに灌仏盤が置かれ、中央に誕生仏が安置されます。
灌仏盤には甘茶が満たされていて、参拝者はそれを柄杓ですくい、仏頂にそそぎます。
この甘茶をかけるという行為は、お釈迦さまが誕生したときに九竜が空から香水をそそいで洗浴したことに由来しています。

花祭り風景

この法会はインドで始められ、仏教の東漸(とうぜん)にしたがい盛んになり、わが国では飛鳥時代から行われています。
現存する飛鳥時代の誕生仏は、大陸の影響を受けたものが多くあり、法会とともに仏像も伝えられたのでしょう。
平安時代には宮中の年中行事となったことでより一層盛んになっていきました。そして鎌倉時代以降の仏教の庶民化に伴い、灌仏会は全国に浸透していったとされます。

でも、現在のように甘茶を灌ぐようになったのは江戸時代以降のことで、それまでは五色の香水を混合して使われたといいます。
残念ながら甘茶の起源は明らかではありませんが、中国では古来、天下泰平のしるしとして天が降らせる甘いつゆのことを“甘露”といい、それに由来して甘茶が用いられるようになったものと考えられます。

この甘茶、みなさん飲んだことありますか?
じつは、わたしはこれまで飲んだことがなかったので、
当山で頒布中の「御仏甘茶」を今回初めて入れてみました。
さて、味は・・・じんわりと、ほのかに甘い。
砂糖入りの紅茶のような感じがしました。

甘茶

4月8日の灌仏会では甘茶の振る舞いもありますので、
ぜひ、お試しください!

日本では、なぜかキリストの降誕日である12月25日は街中でクリスマスモード一色となるのに、4月8日のお釈迦さまの誕生会はあまり浸透していないような気が・・・
さぁ、皆さん、今年は盛大にお釈迦さまの誕生を祝いましょう!

学芸員O